Loading...

映画『オートマタ』

理論的に、技術的特異点とは、人類の技術が著しく発展し、人知を超える知能の誕生が起こる地点のことである。1950年代に科学者たちによって初めて名づけられた技術的特異点という概念は、文化を魅了し続け、現代における映画製作者たちもこの概念をスクリーン上でSFサスペンスとして表現している。脚本・監督のガベ・イバニェスにとって、技術的特異点の理論は、視聴者の人生に新たな視点をもたらすために取り入れずにはいられないものであった。新たな視点とは、人類の存在意義や進化における段階への疑問である。

監督は、映画の冒頭に以下の導入をテキストとして画面に加えた。

無数のロボットが人類文明の減衰を目撃する。
無数のロボットが2つの安全規約によって支配されている。
規約1:ロボットは、いかなる生命体も傷つけてはならない。
規約2:ロボットは、自身あるいは他のロボットを改造してはならない。

機械と人類が共存し得る手段が暴露された途端、何かが起こる前触れのように、夜の闇が覇気のない街に広がり、暗闇が観客を包む。
「この映画の中では、人工知能が人間の知能と同じレベルまで達した瞬間が描かれている。ロボットは自ら学習するようになり、人間には成し得ないほどの知識を身に着けようとしていたんだ」とイバニェスは説明する。彼は、この映画を通して、人間心理の複雑さを深く探りつつ、自らが生み出した機械のせいで不利益を招いてしまう人間の姿を描いている。
製作のレス・ウェルドンは、イバニェスの思い描くビジョンを理解し、ガベ・イバニェスがイゴール・レガレッタ、ハビエル・サンチェス・ドナテとともに執筆した脚本に大きなる可能性を見出した。「とにかく脚本が素晴らしい。世界観が新しくて、アイデアが非常に独創的だ。終末を描いた映画はたくさんあるが、全世界が混乱へ陥っていく状況をこんな風に描いた作品は珍しい」と彼は語る。

「人類にもいつか終わりがくることは皆が分かっていることだと思う。生命体とはそういうものだ」と脚本のイゴール・レガレッタは語る。「この映画の中で、我々がテーマに挙げているのは、“人類の誕生と滅亡について”みたいなことだ。つまり、この映画の主題は、私たち人間はすべて生命体の一部であるということだ」と話した。
このアイデアを形にするために、ハリウッドの古典的なフィルム・ノワールからヒントを得たとイバニェスは認めている。彼によると、映画の構想が明らかになるにつれ、「主人公が調査し始めたことは小さなことのように見えるけど、最終的に非常に重要なことであることが分かる」という。「これはノワール映画のストーリー展開として古典的な手法なんだ」と彼は語る。この手法に従うため、イバニェスは主人公の周囲に伏線を張り、それぞれの登場人物の出現と共にそれが少しずつ明らかになるよう仕向けた。
イバニェスは、ロボットが人類の中で目的意識と機能を維持しながら、自然な社会の一部となり、人工知能が受け入れられている世界を美しく描き出している。「ロボットは、知性が重要だ。強さやスピードや能力は重要ではない」とイバニェスは語った。だから彼は、ロボットが誕生した瞬間から進化論に沿って成長するまでを、技術的特異点の概念をめぐるストーリーとして着実に構築した。
イバニェスは、混沌の中でロボットの心に感情が芽生え、人間の持つ道徳心が失われていく様子を描いている。彼は、人工知能を現実的で将来的にあり得るものと感じられるような方法で描きたいと思った。他のSFサスペンスのように、アンドロイドを人類と敵対させるのではなく、このテーマを現代の問題に直結して考えられるように違う形で描く必要があると考えた。「映画の中で、ロボットの存在は言うまでもなく非常に興味深いものだし、目を見張るものがある。でも、結局この映画は人類についての話なんだ。ヒトが木から下り、火を使い始め、道具を発明するようになる瞬間の話だ」とイバニェスは語る。
イバニェスは、自分の描くビジョンを理解し、脚本に惚れ込んだ俳優に、主人公であるROC社の保険部ジャック・ヴォーカンを演じてほしいと感じていた。アントニオ・バンデラスがチームに加わった時、彼ならピッタリだとイバニェスは思った。「この映画は、ハリウッドのSFとは一味違う」とバンデラスは語る。「もっと哲学的だけれど、ある意味では人間味を感じさせる。1940年代から1950年代のフィルム・ノワールの面影や雰囲気に、素晴らしい物語を融合させた優れた作品だよ」と作品を評し、脚本を30ページも読まないうちに、イバニェスに電話して、「まだ28ページまでしか読んでないけれど、この先もこの調子でストーリーが展開していくなら、一緒に映画を撮りたい」と告げた。
イバニェスは、映画の撮影地としてブルガリアの中でもソフィア近郊の地域をいくつか見つけ出した。その景観は、彼が思い描く『AUTOMATA』の世界を完璧に引き立ててくれるものだった。候補に挙がったブルガリアのロケ地には、鉱山のある場所が多く、荒廃した雰囲気を醸し出していた。イバニェスが映画の中で表現したいと思っていた景色だ。屋内で撮影する時は、ボヤナ・フィルム・スタジオを利用できたおかげで、春の撮影で天気が不安定だったにもかかわらず、全てのシーンをバランスよく撮影することができた。
製作のサンドラ・エルミーダは「今回のチームは、ブルガリア人とアメリカ人とスペイン人がバランスよく混じっているわ。専門的な観点から考えても、感情的な面でも、素晴らしいチームだと思う。全員がこの作品に心から打ち込んでいる。全員が脚本の素晴らしさを確信していて、できるかぎりそのイメージに近づくように、最高の映画になるように全力を尽くしている。結局、それが一番大事なことなのよ。映画はチームで作るものだからね」と語った。
監督は、アレハンドロ・マルティネスを撮影監督、アルマヴェニー・ストヤノヴァを衣装デザイナーに起用した。 イバニェスが初めて映画を製作した際に一緒に仕事をして以来、長年イバニェスと一緒に仕事をしてきたので、マルティネスとストヤノヴァは彼のスタイルを理解しているし、何よりも彼と同じイメージを持っている。
「撮影監督とデザイナーにとって、この作品の素晴らしいところは照明の使い方が特殊ということだ」とイバニェスは語った。「我々は特殊な照明を使っていて、セットによって照明を変えるようなことはしていない。照明は常にセットの一部であり、物語を説明してくれる視点の一部でもある。結果的に、全てのシーンが完璧で美しいというわけにはいかないかもしれないが、全体を通してみると、その方がはるかに現実的な映像になるんだ。このようなストーリーを描くには、撮影監督と製作の中心人物が密接に連携して、それぞれのシーンを細かく定義する必要がある。“どんな種類の照明が必要か”とか“どうしたらセットの中で照明が不自然にならないか”とかね」と話した。

イバニェスは、唯一の女性ロボットであるクリオについて、進化論に対する連続性をもたらしている。クリオは、アンドロイドの規約に反して、思考や好奇心を発達させる。クリオの人間らしさを強調するために、機械ではあるけれど、クリオには表情や生活感を出すことが重要だったとメイクアップアーティストのエレナ・ジェコヴァは説明した。「クリオの顔は3種類あるの。彼女は売春宿で働いているから、派手な服やウィッグを身に着けているのよ」と彼女は話す。しかも、物語が展開するにつれて感情が構築されていく様子を表現できるように、クリオの目は細かく調整された。 実際の撮影では、これらのロボットは、それぞれのモデルの型や設計に合わせて、専門家がセット上で協力して操作を行った。 映画の冒頭では、ロボットはとても機械的に見えるが、物語が進むにつれ、明らかに状況が変化していく。「映画を観れば、一部のロボットに自我や感覚が芽生えていくのが分かる。初めは精密な機械にしか見えなかったロボットが自己を認識するようになり、だんだん感情や人格が形成されていく」と小道具を担当し、人形師と一緒に仕事をしていたウェス・ゲファーは話した。
『AUTOMATA』の中では、アンドロイドは車のようなものだ。目的に応じて車のモデルやスタイルが異なるように、この映画に出てくるロボットも目的に合わせてデザインされている。黄色の二足歩行ロボットは工業用に使用されており、深緑色のアンドロイドは、より頑丈な設計になっている。「人間なら何百年もかかることを機械は数週間で覚えてしまう」と、バンデラスは映画に登場するロボットについて語った。
最終的に、イバニェスは映画の中のロボットを通して、キャストがこれらのアンドロイドを実際に見る機会を作ったのだ。そうすることで、たとえロボットが繊維ガラスとプラスティックでできていても、感情的な結びつきを感じる。この物理的な結びつきによって、演技に深みが出て、いつか人類が機械の中に生命を見出した時の状況をより詳細で明確に描写することが可能になる。